世界自閉症啓発デー わたしが啓発・啓蒙について思うこと
世界自閉症啓発デー
だからといって問題なくすごせるわけがなく、小学校二年生という幼い年齢から二次障害に陥ってしまいました。
それからは学校との関係(様々な協力のお願い)医療機関への通院、二次障害を治すための心のケアであるプレイセラピーやカウンセリング。
日々の時間こういったことでほとんどが過ぎていきました。
毎年春に世界自閉症啓発デーがあることは知っていました。大きなイベントや勉強会なども催されていたような気がします。
それでも子どもの日々の問題に振り回されて、自閉症そのものの啓蒙や啓発には程遠いところにいました。
春というのは子どものためにしなければならないことの山積みの季節。
進学や進級。毎年毎年繰り返される息子の障害への理解とサポートのお願い。
これはどの親御さんでもとても神経を使う大変なこと。
中学を卒業した今年、初めて啓発らしき記事を書こうと思うに至りました。
それはきっかけがあったから。
いつも自分のお子さんのこと中心にそこから派生した他の自閉症スペクトラムの方々にも貴重な情報や考え方をはてなブログにアップしてくださっている、id:nanaioさん。そのブログ「うちの子流~発達障害と生きる」で、自閉症の啓発記事のコラボを企画してくださったのです。
このチャンスに乗らない理由はない。
ありがとう!nanaioさん^^
今回は自閉症児の親としてでなく、自閉症当事者として書こうと思います
診断を受けて、かれこれ6年はたつと思います。
わたしの場合、幼児のころから自閉症の特徴が顕著でした。
さぞ育てにくい子どもだったと思います。
現在わたしは半世紀生きていますから、この話は40年ほど前の子どもの心をめぐる医療のお話として読んでほしいと思います。
アレコレ問題の多い子どもだったわたしは最終的に、児童精神科の扉をたたくに至りました。当時はまだ何の検査もなく、ドクターとの問診だけだった記憶があります。
ドクターとは好きな小説の話をしました。当時翻訳物の古典ホラーが好きだったわたしは、その中でも大人受けするだろう物を選んで話を進めました。
その本は「カフカの変身」です。
今思うと何故カフカを選んだのか笑えてしまいますが(せめてホームズあたりにしておけばよかったのに…)当時のドクターはわたしの話を真剣に聞いてくださいました。
わたしの話に耳を傾けてくれる人などほとんどいなかったので、すごく驚いたのと嬉しかったのと両方の感情でいっぱいになりました。
お薬も処方され、しばらくは通院することになったはずですが、親の世間体云々…の意識から、初診だけでその精神科にかかることは二度とありませんでした。
もし、当時、今のように自閉症スペクトラムが知られていたなら、わたしのその後の人生も変わっていたのは確かです。
大人になってから自閉症スペクトラムの診断を受けた方ならお分かりかと思いますが、当然のごとく、わたしの歩む道は茨の道でした。問題はわたし一人辛い思いをしていたのならまだしも、多分わたしは多くの人をわたしのこの口から発せられる言葉でひどく傷つけてきたと思います。(記憶にこびりついているビジョンもたくさんあります)
当時は何故なのかまるでわかっていなかった。
息子のために自閉症スペクトラムについて学び、書物からもNETからも必死で情報を得た今だからこそ、自分の行ってきたことが普通の人々(定型発達者)にとっては、大変失礼なこと、大変不快に思うことだったことを理解できるようになりました。
専門医による診断はとても大切です
現在これも啓発が進んだからこその事象だと思うのですが、自閉症の特徴のコミュニケーションが苦手と言う部分だけを取り上げたり、NETの自閉症検査などの手軽に出来るものの結果から、自称アスペさんや、いわゆる人付き合いの苦手な人、仕事や友人関係の中で空気の読めない人のことをアスペ認定したり、と言うことが現実の世界でも良く見聞きします。
中には、自分の生きづらさを真剣に悩んで苦しんでいる人もいると思います。
どうか、まずは専門医の扉をたたいてください。
そして、きちんと検査を受け自閉症スペクトラムなら自閉症スペクトラム、その他の疾病ならその疾病の適切な治療を受けていただきたいと思います。
なんとも無ければそれにこしたことはないのですし。
上記は大人の方の発達障害の窓口です。
NETでの問い合わせも出来ますし、お住まいの地域の情報も得られると思います。
ぜひ利用してほしいと思います。
はじめの一歩は診断からです。
社会においての自閉症者は
はじめに触れたように、定型発達の人にとって自閉症者の何気ない一言や行動はとても不快になる場合が多いのは紛れもない事実だと思います。
良く人の立場にたって、などの言葉がありますが、残念なことに自閉症者はこの人の立場にたっても、不快の原因が何なのか理解できないことが多いのです。
あいつ気に食わない。
昔はその表現だけだったかもしれませんが、今では自閉症(主にアスペルガー)と言う言葉が独り歩きしていますので、自閉症を少しでも知っている人ならば、口に出さぬまでも心の中でアスペルガー認定しているかもしれません。
とても残念なことですが、自閉症者が社会生活をするにはまずそういった差別に近いことから、間違った情報からの偏見から身を守らなくてはいけません。
これは社会が普通の人を基準にして出来上がっているのですからいわば仕方のないことだとわたしは思っています。
その中で個人として出来ることは、対定型発達者への対応方法を学ぶこと。
これが一番大事なのではないでしょうか。
仕事においてはその職務を優先順位に上げたいところですが、一にも二にもまずは対人関係。
みんなと仲よくする、みんなに好かれるようになる。
こんなことは幻想でしかありませんから、何を選んで何を削るか、冷静な目で判断していくことが大切だと思います。
時には、支援者の知恵や力を借りることも出てくるでしょう。
障害をオープンにしてお勤めすることも出来ますし、クローズで働く場合でも、支援者は間違いなく味方についてくれます。そして定型発達の人はどう感じるか、どう思うかを教えてくれると思います。
自分にとっての味方を増やすことも、自閉症スペクトラム者には必要なことだと思います。
こういうことも、自閉症の大きな啓蒙に繋がると信じています。
この先10年後には
今の子どもたちが成人する頃には、世の中の自閉症スペクトラムへの認知度もきっと大きく広がっていることと思います。そう信じたいし、願います。
幼い頃から、定型発達の社会で生きることを学んだ子どもたちは、きっと生き生きと社会生活を送ることが出来ると思います。
もちろんそれは楽なことではありませんが、自分の好きなことのため、自分が楽しく生きるためにはどの子もきっと道を切り拓いてくれると思います。
判で押したような自閉症者の生きる道ではなく、その多様性を生かした色々な道も出来てくるのではと思います。
そのためにも、自閉症の啓発は必要なのですよね。
わたしもそろそろその事を自覚して、多分何が出来ると言うわけではありませんが、少しずつ発していければと思っています。
当事者の親としての思いで啓発記事を書きました↑
アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)
- 作者: 米田衆介
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/12/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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↑ この本またレビューを書く予定ですが、とてもシビアに大人の発達障害について書かれています。当事者にとって自分の立ち位置を見つめなおすのにきっと役立つ一冊であり、支援者にとっても当事者が何処に生きづらさを覚えるのかを理解するのに役立つ本だと思います。お勧めです。
長文、最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。