夏から秋にかけて、体調も精神的にもグダグダだった
すっかり秋ですね
しらないうちに秋めいてずいぶん過ごしやすくなりました
8月9月と気がついたら終っていたという感じです。
いったいわたしは何をしていたのだろう?などと考えてしまいますが、それなりに一日一日を生きていたようです。
家事も最低限はやっていたようです。
息子のお弁当もちゃんとつくっていました。
洗濯も毎日していたようです。
夕食も、これは不思議なのですが、以前の勘を取り戻してきたというか、食事を作るのがそう苦痛ではなくなっていました。
冷蔵庫の中のものを見て、短時間に簡単に作ることができるようになっていました。
これはわたしにとっては大きい変化。やはり食い意地がはっているからなのでしょうかね。
残念ながら掃除は、とことんといっていいくらいできていません。
TV周りの配線をいじったときに、少々大掃除をしたくらい。あとは、リビングを掃除機かけるだけ。またまたあちこちに、ブラックホールができています。(不思議な荷物の山でよくそこにものが吸い込まれる)
あと、ベランダガーデニング。
夏場に痛んだ鉢を復活させることに成功しました。
挿し木にも成功しました。
いま水差しで増やすことに挑戦中です。
ガーデニングもだいぶ板についてきました。
秋にする作業予定も立てることができました。
頭の中で考えることが実現できるようになってきて、これはいい感じなのかなあとも思っています。
が、
あいかわらず、ものすごい睡眠量です。
少し調子が悪いと、4~5時間しか起きていられません。
自分の好きなことが何もできません。
かなしいです。
ブログもなかなか書けなくて、週に一度が限度かなという感じです。
まあそれでも充分なのですけど。
しゅみの話
あ、趣味といえば、『屍者の帝国』見てきました。
息子とふたり、初日に出かけました。
予想よりも面白くて、じわじわと後から来る良さがあります。
元気な時があったらこのアニメ映画の感想なども書けるといいのですが…。
いま言えるのは、この後に続いて公開される『ハーモニー』がとても楽しみだってこと。
(『虐殺器官』公開が遅れるだけで何とかなりそうな感じでほっとしています)
それからいま我が家では、「マスターキートン」にはまり中です。
息子が棚の置くから引っ張り出してきて読んでいたのを、わたしもついつい手にとって読み始めたら止まらない状態になってしまっただけなんですけどね。
もう一つ、息子のゲーム「Fate stay naight PS Vita版」(ノベルゲーム)を、彼オススメではじめまして、ベッドに横になりながら、ゆっくりと堪能中です。
ノベルゲームにはとことん読みつくさないときがすまないタイプなので、BAD ENDを思いっきり楽しんでおります。
息子はアニメの関係で『伊藤計劃』を一生懸命読んでいます。かなり集中が必要とかいっていますが、それはそのとおりだとわたしも思います。一気に読んでしまって二度読みするか、ゆっくり丹念に読むかどちらかですね。(わたしはせっかちなので一気読みして二度読み三度読みしましたが)
ぜんぜん説明もなしに、我が家の趣味の状況を書きましたが、たぶんはてなならキーワードでリンクされるはずだから、まあよしとさせてください。
ずいぶん前にも書きましたが、親子で家族で、一部でも趣味を共有できるのはなかなか楽しいです。
いっしょに映画も行けますしね。
そうそう前回は『甲殻機動隊』をみてきたんだっけ。最近アニメばかり見ているような気がしますが、今年いっぱいそれは確実かな~
こうやって映画館に足を運べるくらい元気な日があるのはとてもいいことです。
わたしは寒いほうが好きなので(調子がいいので)このまま上昇気流に乗ってげんきになれればいいなーと思っています。
近況のような、更新でした。
*虐殺器官の制作会社マングローブの倒産で公開スケジュールが変わってしまいましたが、楽しみにしております
最後まで読んでくださってありがとうございます。
のべらっくす【第13回】短編小説の集い 『うつくしい魚』
眠くて仕方がありません。が、何とか書き上げたのでアップします。
久しぶりに書いたので途中で書けなくなって、投げ出しそうになりましたが、なんとかなりました。とてもうれしいです。
書いておいて何なのですが、かなり気持ちのよくないお話になってしまいました。
そういうお話(グロ)が苦手な方は、読まないことをおすすめします。おねがいします。
【第13回】短編小説の集い お題は『魚』
それではよろしくお願いします。
うつくしい魚
むかしむかしのことじゃった。
ちいさな海辺の村に、たいそう仲睦まじいじいさんとばあさんがくらしておった。
村のまわりには小さな山がひとつ、その後ろに大きな山がひとつと、その右横にも左横にもぐるりとけわしい深い山々でかこまれておった。手前の小さな山では、茸や山菜や樹の実が採れ清らかな湧き水で泉ができておったので、せまい畑だが芋くらいはこしらえることもできた。
海辺はたこつぼのような入り江になっておって、そのたこつぼの口にはいつも渦が巻いとったんじゃた。そのせいか、入り江にはいろいろな魚が流れ込んできての、漁をするのも労はいらなかったそうじゃ。
海の幸と山の幸のおこぼれをいただいておったんじゃな。それは、生きて生活するぶんにはじゅうぶんな幸だった。
じいさんとばあさんの家は、いかにも急ごしらえで作ったものにつぎ足しつぎ足しでひろげたほったて小屋だった。村にはほかに似たような家が数軒たっておったが、よく見ると、屋根がなかったり壁がくずれていたりと、とても人が住んでるようには思えなんだ。
それもそのはず、村にはじいさんとばあさんのたったのふたりだけしか住んでおらんかったんじゃ。
じいさんたちがこの村に来たころは、小さいがまだ村落、集落と
よべるほどには人が住んでおった。力のみなぎった若い衆やけんかをしつつも仲の良い夫婦もんや年をとってはいるが知恵者のじいさん、子どももにぎやかな声がはずむほどはおったのだが。
あっという間のことじゃった。
神さまのご機嫌がよほど悪かったのだろう。海の壁が、大きな鬼の集団が、戦のごとく怒涛のように押し寄せてきたんじゃよ。
海辺で遊んでいた子どもたちも、その子らを叱りつつも見守りながら魚を干していた女たちも、沖から漁を終えて帰ってきた男たちも、家も、畑も、先祖の墓も、なにもかも全部、押し寄せた海の鬼たちにすっかり持っていかれてしまった。けっして手の届かぬ、遠い海の果てにみんな消え去ってしまったのじゃ。
残ったのは、山でしごとをしていたもの、じいさんとばあさんを含めてほんの数人だけ。
それにな、海の鬼たちがひききったあとも、悲惨じゃった。海辺の形がかわりはててしまってな。村はえぐられたような大きな痕になって、人が住めるところがほとんどなくなってしもうた。
そこに新しく出来上がっていたのが、切り立った山々に囲まれたこのたこつぼの入り江なんじゃ。
沖へ出るには、渦が激しすぎてとてもじゃないが手こぎの小船では無理なはなし。山を越えようとしても、足場のないような険だったがけが見あげるほどにかまえていて、よほどのつわものでさえ命のをかけずには越えられぬ。
この村は人が出ることも入ることもできない土地になってしもうたのじゃ。
残されたものはみな、子どもや孫や親やいいなづけ、大事な家族をいっぺんに失った。じいさんとばあさんには家族はおらなんだが、ちょうどそのとき、ばあさんのおなかは大きくてな、新しい命をあと少しでむかえるころじゃったんだが、おなかの中の子どもまで、いっしょに流れてしまったのじゃよ。年をとってやっとできた子じゃったんだがな。
失ったものたちの弔いと、その悲しみの思いだけで、残されたものたちは何とか命をつないでおったが、心やからだの弱いものからひとりずつ死んでいった。
何とかくらせるように、残されたわずかな地に家をこしらえてすみはじめたころじゃったよ。
はじめに命を失ったのは、まだ十六のむすめじゃった。いいなづけの名を叫びながら、山のがけから海へと身を投げた。
それがきっかけだったのか、ろくな食べ物もなかったせいなのか、からだをこわして死んでしまうもの、先の娘のように自分から死をえらぶもの、命を捨てるかのように危険を承知でけわしい山に挑むものとで、とうとう残ったのは、腰の曲がった年寄りの夫婦と、じいさんとばあさんだけになったんじゃ。
何年かはふた組の夫婦で、まるで親子のようにおたがいを労わりながら静かにくらしておったが、年よりの夫婦が相次いで亡くなるころには、じいさんとばあさんも、すっかり日に焼けてしわだらけの顔になっておったよ。
それからの年月はじいさんもばあさんも、自分たちが見取った年長の夫婦のように、静かでさみしい、おむかえが来るのをただまつばかりのくらしをしておったのじゃ。
いくつの年が過ぎていったのか、じいさんもばあさんももう疾うに数えるのをやめてしまっていたのでわからないが、ふたりともすっかり腰は曲がって目も耳も衰えておって、おむえが来るのももうあと少しじゃとそのことを心待ちにするようになっておった。
それでも、お日様が出ているうちは、じいさんは海で魚を釣り、ばあさんは裏山の畑ではたらいてくらしとった。
そんな同じような毎日がつづく中で、ある日、ばあさんはじいさんのようすがいつもと違っていることに気がついたのじゃ。その違いはばあさんの心を重苦しくさせた。ふたりだけのくらしをもう何十年とつづけてきたんだ、どんなわずかな変化でも気がつかぬほうがおかしい。ばあさんが問うても、じいさんは笑ってごまかす…。
二回ほど日が登って沈んだが、じいさんの変化はきえさらぬどころか、ますます大きくなっていく。心なしか、曲がった背が少し伸びたようにも見えるじゃないか。
ばあさんはとうとう業をにやして、裏山の畑に出かけるふりをして、じいさんのあとをこっそりつけることにしたのじゃ。
じいさんはいつもと同じように海辺へ出ると、そこに釣りのしかけをした。ふだんならそこらでどっしりと腰をおろすのだが、少しの間もおしむようにくるりと向きをかえ、入り江のいちばん端にある、もうぼろぼろにくずれかけた小屋のほうに足をむけた。ばあさんはじいさんに気づかれぬよう息を殺してあとをつけた。
そして、ばあさんは見た。
半分腐ったような小屋の中に、そこだけ光がさして見える。
じいさんはほうけたような顔をしてそれをただただながめている。
それは、見たこともない美しい魚。
うろこは金色に輝き、そこからまるで光が出ているようにまわりを照らしている。
よく見るとそこは池のように、深く掘られた穴に海の水がひかれておった。じいさんがこしらえたものだろうことはすぐにわかった。
ばあさんはその魚に驚くと同時に、じいさんに対してわきおこった怒りの感情をふるえながらおさえ込むのに必死だった。
ずっとずっと長い間、ふたりには共通のことしかなかった。どちらかが何かを見つけたらそれをふたりで共有しふたりで喜んだり悲しんだり感情を同じように動かしてきた。それをじいさんはうらぎったのだ。
日が暮れるといつもと同じように何食わぬ顔で帰ってきたじいさんを見て、ばあさんはおのれの心が凍りついていくのを感じておった。
翌朝、じいさんはいつものように起きようとしてからだの異変に気がついた。からだがしびれたようになって起きあがることはおろか動かすこともできない。
ばあさんは、わるい風邪でもひいたのだろうと、一日ゆっくり休むようにじいさんに告げ、おも湯をすこしじいさんにやると、そのまま作業に出かけていった。
ばあさんは、じいさんが風邪ではないことを知っていた。なぜなら、ゆうべの飯にと体がしびれて動けなくなる茸をこっそりまぜておいたからじゃ。
にんまり笑うと、ばあさんは昨晩から用意した道具を背にして、あの美しい秘密の魚がいる場所へと足を向けた。おのれの立てた企てを想像するだけで、口もとがにんまりしてしまう。力がいる企てだが、ちゃんとやりとげられるだろう。ばあさんの足取りは軽かった。
うまそうな匂いが夢の中に入ってきたところで、じいさんは目がさめた。するとほんとうに家の中がいい匂いで満たされていた。
朝方からずっと眠っておったことに気づくと、よっこらしょとからだを起こしてみた。ちゃんと起きあがることができた。どうやらしびれはまだ少しのこっているものの、なんとかとれたようだ。ばあさんの云うように風邪だったのか。
じいさんが起きあがったことに気づいたばあさんは、鍋のふたをしめながらじいさんに飛びっきりの笑顔を向けた。
めずらしい魚を見つけたこと、その魚が背あぶらがのって、とてもうまそうなこと風邪のじいさんのためにうしお汁をこさえたことを、口ばやに大げさに話した。
ほら喰うてみ。ばあさんはじいさんに前にわんを置く。確かに見るからにうまそうな汁じゃ。じいさんはふうふうやりながらひとくちすすった。魚のあぶらとだしがよくきいていてなんともいえぬ味わいがある。じいさんはちょうど腹が減っていたこともあって、どんどんこのうまい魚を口にした。
ばあさんもいっしょに、うまいうまいとたいらげた。
おぉうまかった。いったいどんなさかななんじゃ?と問うじいさんに、ばあさんはにたりと笑いながら、まだいいもんが残ってるぞと、重そうな瓶から何かをすくってじいさんとじぶんの前においた。
この魚おなかに子がおってな、腹さばいたらぎょうさんでてきたのさ、で、酒としょうゆで漬けてみたのじゃ、ほれ、こうやって尾っぽを持ってあたまからつるんと喰ってみ。
じいさんは目の前におかれたものをひと目見、目をこすってもう一度しっかりと見なおした。
ばあさんはわらいながら二ひき目をほおばっている。
うまいぞ、じいさんも早く喰うてみ。小さなかしらが口の中でくしゃりと割れて口の中に味噌が広がるぞ。あぁそうじゃ、こっちのおかしらはどう料理するかのぉ、何ともおもしろい形をした魚だよ、これは何というんだろな、ほら、こんな形をしたおかしらぞ。ばあさんは、じいさんの目の前で、皿にかけてあった布巾をさっととりのぞいた。
そこには若いうつくしい女の首がのっかっていた。
黒いしなやかだった長い髪は、散切りにきられ、目は閉じることをゆるさぬよう、まぶたの上を楊枝でさしてあり、見開いたままの目はまさに魚の目のように、まっすぐこちらをむいていた。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっ
じいさんは何が起こったのか、やっと悟った。
ばあさんが料理し、先ほどまで喰ろうておったものは、じいさんがたいせつにめでていたあの金の魚だった。
じいさんを魅了して離さなかったあの半人半魚。
あの美しいじいさんだけの人魚……。
じいさんの心臓はそのとき鼓動を止めた。
ばあさんは、じいさんが死んだのを見て、けっとつばを吐いた。悲しみもあわれみもましてや罪の意識も感じなんだ。
人魚をさばくのはたいそう骨がおれる仕事じゃったが、ばあさんはやりとげた。村には言い伝えがあったのじゃ、人魚の肝を喰うとわかがえるという人魚伝説。
それを半信半疑でためしてみたら、手を真っ赤に染めて手づかみで喰らっているさなかから、おのれの変化に気づきはじめた。目がみえる。真っ赤で汚れているが手の皺が消えていく。口から血を滴らせながら腹のそこから笑いがこみあげてくるのを抑えることができなんだ。
企てどおり、いや企て以上に簡単にじいさんはくたばってくれた。
ばあさんは気づいていたのだ。海のようすがかわったことを。もう何十年か前にここを襲ったあの鬼のようなつなみ。あれがまた来ようとしていることを。
まっすぐになった腰にあの人魚の肉を塩漬けにしたものをたくさん背負って、ばあさんは山に向かった。
山を越えようとは今まで一度だって思ったことはなかったが、今は違う。命を落とさずに越えられそうな気がする。
ばあさんはしっかりとした足取りで、山を一歩一歩ふみしめて登っていった。
ばあさんの予想通り、村にまた海の鬼たちがやってきて今度こそすべてをさらっていった。じいさんのなきがらも、あの人魚の頭も。そして、酒と偽って海水に放しておいた稚魚たちも…。きっと元気で海へと帰っていくだろう。
はなしはこれでおしまいじゃ。
何ばあさんがどうなったかだって?
ばあさんはこのあと何年も何十年も何百年も生きつづけたさ、人魚の肝を喰ろうたからな。ただ、海をきらってけっして近づこうとはしなんだそうじゃ。
そうさいごにばあさんを見たのは、先の戦争じゃったそうだ。あのぴかっと光る爆弾にやられてしもうたという噂を聞いたがの。その話もなにも、ほんとうに人魚の肉を喰ろうたのか、そもそもばあさんがいたのか、ほんとうのことはだれにもわからんのじゃよ。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
祭り 【第11回】短編小説の集いの一言感想
20日も過ぎて次のお題も出ていますが
あいかわらず頭がカランカラン音がするくらい鈍りきっていますが、ちょっとがんばってのべらっくすの感想(一言ですが)書いてみようと思います。
今から読むので一日では仕上がらないだろうなー。でも何とか全部の感想を書いてみます。
一言感想(まともな感想がかけないので、自分の気持ちをそのまま書いています)
楽しく読ませていただきました。11回こちらのほうを先に読んでしまい、あわてて10回のほうも読みました。両方読んでリアルな世界とファンタジーな部分と交差しているのがわかりました。マナちゃんは素直すぎているというか面白い性格ですね。お祭りの屋台の中でもりんご飴は何だか特別感があってビジョンが浮かびやすくてよいと思いました。
夏の夜のお祭りと言うとやはり不思議な世界とのつながりを感じてしまいますね。
ラストまでの道のり、とても怖くてグロテスクな想像をして読んでしまいましたが、主人公の草太くんがとてもやさしくて、ほんのりとしたいい物語に仕上がっていて気持ちよかったです。
導入部がやたら気に入ってしまい、何度も読んでしまいました。
現在と過去。中二という特別な時間は止まったままとどまっているのでしょうか。そこに共感してしまって、ちょっと苦しかったです。15年の年月、人はこうやって現実と折り合いを付けていくのでしょうか。とても好みな短編でした。
小説における名前って大切だなあと気付かせてもらえました。
さわやかでなかなか素敵なメロスでした。
細かな描写ではないのに、朝の風景がとてもはっきりとイメージできて一気に世界に入り込めました。
反面お祭りのイメージが主人公の気持ちと重なってか、あまり浮かばなかったのは作者の作戦でしょうか?いろいろいい意味での気になるところがあってとても興味深く読み込めました。
雰囲気で一気に読まされてしまいました。
タイトルの意味とか、登場人物の設定とか、あれこれ面白かったです。
ふと、ちゃんと読めてるのか不安にさせられるところも面白かった。
一番気に入ったのは、ラスト少し前の「自分専用の誰かではない」この思考がたまらなくいいな。
素直に面白かった。
「祭りおじさん」と言うキャラクターどういう発想で生まれたのか知りたいくらい。
人と人が交差するのって互いに行き違いながら、どっかで繋がっていたりするのかなーなどと思う読後感でした。
小説の形ってこだわるべきなのかこだわらなくてもいいのか。この作品は大成功例だと思います。正直言って夢中で読んでしまいました。PCモニターで、スマホで自然体で読めちゃうという読者の状態をうまく使った作品。
遠い昔、星新一のショートショートに驚いたときの感覚を思い出しました。
こういうお話大好きです。(頭の中で諸星大二郎のマンガを浮かべて読んでしまいました)
ストーリー的には唐突さがあるものの(だから面白いのですが)ぐいぐいと不思議な感覚が押し寄せてきて、読み進めずにはいられないのがすごいと思いました。
この作品、もっと長く読みたい。5万字くらいでもいい。ありとあらゆる現象をたくさん読みたい。
と言うのが素直な感想です。
これぞテーマ(お題)「祭り」を生かした作品だと作者の発想力に驚きを隠せません。
お祭りでカップルになるっていうのは、ほほえましいですよね。このお話は、その先の関係が崩れていくさまから、もう一度スタートすると言う流れで、うらやましいくらい縁のあるカップルなんだなあと、遠い憧れのような気持ちで読みました。
いろいろな障害を乗り越えると言うのは、人として大切なことなのかもしれませんね。
神社のちょっとした不思議と、お祭りと、焼きそばと、楽しく読み終えました。
夢の中に匂いが進入すると言うのは、楽しいものですよね。それが好きな食べ物のにおいならなおさら。
主人公とお兄さんの関係が程よく描かれていて好感が持てました。
うわ~っ!というくらいこの作品好きです。
わたしの中にあるある種の執着が形になっていると言う驚きで少し怖いくらいです。
この種の内容を描くのはかなり難しいと思うのですが、祭りの中に妖しさが溶け込んでいてすらすらと読み終えることが出来ました。変なところで「祭り」ってすごいなあと感心してしまいました。
一般に受けるかどうかは別として、わたしの中では今回、ダントツで好きな作品です。
書いてくれてありがとうございます。
図書館と九月一日。予想は的中しましたが展開は想像と違っていてすぐに引き込まれました。
仕事をやめたケンジが、何だかいい男になってて「ふ~~む」と思いました。
シホちゃんはあいかわらずで、何故かほっとしました。
(時間軸が現実と一緒に動いているとして…)
二学期の始まりは何かを抱える子どもにとってはものすごいストレスなのは確か。まだ十年そこらしか生きていない、まだ少ししか世界を知らない子どもたちにとっては、学校と言う入れ物は「絶対」となって押しかかるから。
ケンジの言葉はシンイチ少年の「絶対」を変化させてくれたと思います。
民間芸能の使い方が自然でとても面白かったです。
心に痛いお話でした。
大人の都合で弄ばれる子どもはいつだって大人を意識して生きてしまいます。
本当の母親だからと言って、子どもにとって安心できるかと言えばそうじゃないことも多々ある。
優羽ちゃんは母にも父にも継母にも捨てられた子ども。再びつないだ手を放さないように、少しでも優羽ちゃんが安心できるお母さんになってくれるといいな。
それにしてもひどい大人たちだ。
スッキリ安心して読ませていただきました。
よその地のお祭りというものはそれだけでなんとなく疎外感を感じるもの、たとえ観光地化していてもそんな気分になってしまったことを思い出しました。
作品の内容から外れますが、写真を撮ると言う行為はそこにあるものをそのまま写すものだから、何故か気軽に写真を撮れない自分がいます。これは一種の現実逃避かもしれないけど、この作品のように見えない何かまで写ってしまうからかもなどと思ってしまいました。どこか違う世界と世界が繋がる瞬間を写してしまうかもなどと。
感想を書き終えて
この「祭り」というお題、まったく微塵もお話が浮かんでこなかったわたしとしては実に刺激的な集いでした。
「祭り」一つでここまで多様な作品が集まるのって、とてもすごいと思いました。
作者さんみなそれぞれの感性で作り上げた作品。どれも印象深いです。
それにしても、簡単な感想を書くだけなのに、書き始めてから1週間かかってしまいました。それでも何とか参加作品きちんと読んで、簡単ではありますが感想を書けて良かったです。
今チラッと、今月のお題を見てきました。「魚」とは…。
はじめに脳裏に浮かんだのは、食することの魚、つまり魚料理。どれだけ食い意地がはってるんだと…。
少し調子付いていますので、このまま一気に書けたらいいなと思っています。
眠りながらプロット練ります。
さて、感想を書き終えたので、ほかの方の感想や作者さんのふりかえりなども読んで行きたいと思います。
ほかの方はどんな感想を書かれているかも楽しみの一つです。
さいごに、
なかなか参加できていませんが、自分でまがりなりにもお話を作り上げると言うのは、自分の中のものを整理するチャンスでもあり煮詰めるチャンスでもあるなあと。そして何より、自分の書いたものを誰かが読んでくれること、感想を書いてくれることって、とてもとても自分にとって嬉しいことなんだと、知ることができました。
主催者のぜろすけさん、参加者の皆さんありがとうございます。
あ、一周年企画もありますね。ここに書きたいこと書いてしまいました。
最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。
動かない石像のように
脳を休めるにはやはり睡眠が一番
これは実感する。睡眠が少しでも不足すると途端に思考が超スローになって、目の前の刺激(目に入ってくるもの、耳に入ってくるもの)だけにとらわれてしまって、何もできなくなる。
はっと気がつくと時間だけが過ぎている。
わたしの場合、過眠症という疾病も持っているので、平均よりもかなりたくさんの睡眠をとっているにもかかわらず、脳が疲れているときにはふだん以上の睡眠が必要なようだ。
24時間眠れますか!
と言う感じ。
起きていられる時間が短すぎる。でもたくさん寝ていたい。夢の中じゃなくて現実世界でやりたいこともたくさんあるのに、出来ないのがつらい。けど眠りの世界で過ごす時間も大切に思える。
できるだけ情報をしめ出して過ごしてみた
先週一週間、ネットもスマホでほんの少し程度、新聞も一面のみ、TVはもちろん見ず。
と言う状態で過ごしてみた。
ちょうど、台風で世の中いろいろ大変だったとき。
わたしが住んでいる地域は台風の被害はなかったので、ほとんど気にせず時間を過ごし、翌日、世の中の状況を知る。と言った感じだった。
たくさんの方が大変な目にあっているときに、のんびり過ごさせてもらえて、いいのだろうかと思いつつも、情報をシャットアウトすることで得た最大のメリットでもあるわけで、こういう世の中のことを知らない時間と言うものも、大切かもしれないと思ったのでした。
昔は、何もできないけれど世の中の出来事は知るだけでもよいんだと思っていました。
知ることができたならば、その問題や起きた事柄に関して考えることも出来、知恵として形にならなくとも、祈りとしてなら送ることはできる。
などと考えていたのです。
世の中の出来事を知ることはとても大切とは思うのですが、その事柄に心身疲れてしまうくらいのめりこんでしまうのはおかしなことだし、それだったら一時的にも情報をシャットアウトして、落ち着いたときにゆったりとした状態で、頭を整理しながら、物事を知っていったほうが、自分自身にとってとても大事なことなんだと思うようになりました。
知った出来事にのめりこんでしまう、ふりまわされてしまう。
これは、わたしの悪い癖なわけで、リアルタイムで情報を入れている方のほとんどは、その出来事に対してきちんと整理つけて対処していると思うので、そこらへんととてもうらやましい。
(これはたぶんASDの気質から起こることだと思うのですが、性格の問題かもしれないなぁ)
自分の思いを発することもできなかった
できないと言うよりも、自分の考えや思いがまとまる状態にはなかったと言うのが正しいです。
これはうつの症状ですね。
自分というものがなくなって、ふわふわとどこかに飛んでいってしまったみたいな、そんな感じです。
だから考えることも思うことも「無」なのです。
体はここにあるけれど、心はどこか遠くへ遊びに行っている。
わたしの場合、それは白昼夢(起きていても寝ていることがよくあるので)か、解離性障害(主に解離性健忘かな)だと思うのですが、本当のところはわかりません。
ただ、事実としてあるのは、無思考、無感覚な時間がときどきあって、生きている時間の軸がとてもずれる。あるいは飛ぶ。と表現したほうがわかりやすいかしら。
つまりは、最初に戻りますが、夏からの疲れかわたしの脳はかなり疲労していて、思いっきり睡眠時間をとらないとどうしようもない状態だったようです。
先週はまったく動かない状態で過ごしました
自分でもあきれるくらいよく眠りました。夢もいっぱい見ました。そこそこ悪夢が多かったのですが、楽しい夢も見ることが出来ました。わたしにしてはまあまあのできです。
今週に入って(月曜日からとして)睡眠時間を通常にもどしました。
これは同居人(息子)の予定にあわせていることもあるのですが、私自身の調子を見るのにちょうどいいかなと思って、がんばっているのです。
お昼寝ができたら、それでよし。
12時間眠れたら充分すぎるでしょう。
昨日は、趣味の一つであるベランダガーデニング少しだけできました。秋に向かっての計画を練ったのです。
物置部屋になっている部屋の方付けに手をつけようかと一瞬迷いましたが、それはもっと元気になってからと、そのまま放置。
今こうしてブログを書いていますが(脳内そのまま~~)「短編小説の集い のべらっくす」*1の感想を半分書くことができました。この調子で元気だったら、今日後半の感想もかけるかもしれません。
理想はよく眠り、よく動く。
なのですけどね、なかなかバランスをとるのが難しいです。
今一番の難問は、
甘いもの過食でどんどん増えつつある体重と、部分的に再発した線維筋痛症の痛み。
甘いもの依存は寝ていても起きるたびに食べていたら、身にどんどんついていくばかりですし、痛みは寝ていても痛いものですから、悲しくなります。
この状態をきちんと自分で捉えた上で、バランスを取っていくのが大切かもしれません。
小説を書くハウツー本ってそこそこたくさんあるのですね。一冊くらい読んでみてもいいかも。毎月コンスタントに短編小説が書けるくらいにはなりたいな。
書くという行為は、わたしの中にある数少ない出力の形式だから大切にしたい。
脳内そのままの文章、読んでくださって感謝です。
*1:毎月出題されるお題で短編小説を仕上げる、そして集うという企画、早一年!詳しくはカテゴリーファンタジー頭 カテゴリーからのべらっくすの記事を見てください
学校は身体や心を壊してまで行くところじゃない。
9月になりました
二学期が始まりました。
我が家の息子も早起きして無事登校しました。ちなみに朝の4時に起きていました。(緊張のためと思われます)
9月1日。
子どもの自殺が一番多い日。
長い夏休みのあとの学校の開始日。
学校に対して、あるいは家に対して、友だちに対して、クラブ活動に対して、「何か」ある子たちにとって、夏休みの終了はある種の苦しみが生まれてくる。
わたし自身も息子も、不登校経験者なので、そういったちょっとした苦しみが複合されて大きく膨れ上がることを体感している。
もちろん人それぞれの苦しみがその数だけあって、その苦しみは本人しかわからないものなのだけど、はじまりの日の苦しみは共通のものがあるかと思う。
親としてできること
それがいつはじまるのかは親が予測することなど無理なわけだし、それを要求するのは残酷すぎる。
子どもの変化はとても複雑だから、すべてを親が見守ることなどとてもできることではない。
親ができることと言えば、子どもがヘルプを出しやすい環境を作ること。
年齢によっては、それを受け止めるのは親では難しい場合は、ほかの道をきちんと知らしておくこと。
そして何よりも、小さな声でのタスケテをもきちんと拾い上げること。
ちゃんと聞くこと。
余計な口を挟まないこと。
じっと受け止めて、子どもがどうしたいかを理解すること。
心が壊れかけていて、あるいは年齢が低くて、どうすればいいのかわからない場合は、親がいっしょに考えてあげること。
せねばならないを捨てること。
学校へ行きたくなければいかなくてもいい。
宿題ができてなければできなくてもいい。
先生が嫌いだったら嫌いでいい。
いじめられたら我慢しなくてもいい。
常識を捨てて、子どもと一緒に考え何をするか決める。
不登校を選んでもいいんだよ
親がそう思っても、子ども自身が
「学校には行かなければならないところ」
「自分だけ学校に行けないなんて、みんなと違ってしまう」
「勉強がおくれてしまう」
と思い込んでいたら、それをほぐしてあげることも親ができることだと思う。
「いまは心が怪我をしているから、まずゆっくりなおそう。」
この言葉を息子によく使った。
学校を休んでいる間に、学校との交渉をし、その学年は全部学校に行かないことにした。
息子にとっては、どこかで「学校に行かなければ」と言う心もあったかもしれない。
行かなくてもいいを納得してもらうために、少しでも気が楽になってもらうために、学校のある日にある時間に通院やカウンセリングの予定をどんどん入れた。
これがあると大手を振って学校を休める、という太鼓判みたいなもの。
ほかにも休んでいる間に、いろいろと予定を入れて、映画に行ったり遊びにいったりもした。
親と一緒に出かけているのだから、誰にも怒られることはないし、誰の迷惑にもなっていない。ということで。
息子の不登校は何年も続いたので、彼自身の中で、ここまでがんばればOK、この理由で学校に行かないのはOKというものが出来上がって、年齢と共に成長と共に、ゆっくりだけれどちゃんと階段を登っていった。
逃げることは悪いことではない
逃げたら負けでもない。
逃げたら普通じゃなくなるわけじゃない。
逃げたら人生負けじゃない。
そもそも人生に勝ち負けはない。
子どもには逃げ場は必要。
それが家庭にあればいちばんいいのだけど、そうじゃない家庭環境もある。
だからこそ、子どもを守るための場所が本当に必要だとつよく感じる。
そして、次のステップにどうやって進めばいいのか、これを一緒に考え実際に行動に移せることもとても大切。
ゆっくり回復するまで休ませるだけでは、子どもにとって先が見えない未来は不安を生みやすい。
一つずつでいいから具体的な行動を(変化を)実行できる知恵と能力つまりは大人の力が必要。
少しずつ一歩ずつでも自分に変化があれば、子どもの不安は少なくなると思う。
さいごに、ありのままの子育て
わたしはこの「ありのままの子育て」に強く賛同している。
息子の場合ASD(自閉症スペクトラム)と言う発達障害を持って生まれてきている。
不登校の原因になった事件は小学二年生の時に起こり、その後しばらくは精神的に不安定が続き、ひどいありさまだった。
人とのかかわりが苦手とか、感覚の過敏があるとか、そういった、発達障害の特徴だけでなく、息子自身の性格をも含めて「ありのまま」を意識して子育てしてきた。
世間一般から見たら、甘やかしすぎであり、過保護であり、将来のことを心配されたりだったけれど、それでよかったと思っている。
息子の心が回復するのをゆっくり待ち、息子の伸びしろに合わせて次のステップを踏んでいく。
この繰り返しの子育て。
必要以上の無理はさせない。(必要な無理はもちろんがんばってもらう)
具体的なところで行くと、小学校は学校に行くときは必ずわたしが同行していた。はじめのうちは、教室の後ろでじっと立っていた。それが、教室まで送り届ければOKになり、下駄箱まで出OKになり、校門まででOKになった。
中学は一人で登校した。遅刻をしたり早退したり、もちろん欠席も多かったけれど全部一人で登校した。わたしは一度も付き添いで登校したことはない。
目指す高校(通信制のサポート校)に合格して、はじまってからは、自分で体調の管理をして、朝から行ける時は一時間かけて、バスと電車を乗り継いでもちろん一人で登校している。遅刻しても同じ、バスと電車で登校。
まだ朝から最後まで一週間続けて登校することはできないけれど、自身の体調に合わせて、上手に登校していると思う。
ありのままの子育てだからこそ、無理をさせなかったからこそ、ここまで自分の力で成長できたのだと思う。
学校が苦しい家庭が苦しい友達が苦しい。何かで苦しんでいる子どもたちも、このありのままを意識すると楽になると思う。
親御さんには、もろ手を挙げてお薦めしたい。
無理をさせず、体が大きくなると服や靴のサイズを大きくするように、心の成長に合わせて次のステップを用意していく。
嫌でも人間成長していきます。
自分に無理をしない、子どもにも無理をさせない。
それってとても大事なことだと、わたしは思います。
学校に1日も通わなくても中学は卒業できる。高認というテストに合格すれば、高校に行かずとも高卒資格が取れる。そして、義務教育の義務は子どもが学校に行く義務ではないことを知ってほしい。大人はあれこれ不安を煽る。不登校は『人生の詰み』ではありません。不登校は『生存戦略』の一つです。
— 小熊広宣 (@kogumahironobu) 2015, 8月 24
もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね。
— 鎌倉市図書館 (@kamakura_tosyok) 2015, 8月 26
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すべての子どもたちが辛い思いをしなくてもいいような世の中に…。
ありがとうございました。