のべらっくす【第13回】短編小説の集い 『うつくしい魚』
眠くて仕方がありません。が、何とか書き上げたのでアップします。
久しぶりに書いたので途中で書けなくなって、投げ出しそうになりましたが、なんとかなりました。とてもうれしいです。
書いておいて何なのですが、かなり気持ちのよくないお話になってしまいました。
そういうお話(グロ)が苦手な方は、読まないことをおすすめします。おねがいします。
【第13回】短編小説の集い お題は『魚』
それではよろしくお願いします。
うつくしい魚
むかしむかしのことじゃった。
ちいさな海辺の村に、たいそう仲睦まじいじいさんとばあさんがくらしておった。
村のまわりには小さな山がひとつ、その後ろに大きな山がひとつと、その右横にも左横にもぐるりとけわしい深い山々でかこまれておった。手前の小さな山では、茸や山菜や樹の実が採れ清らかな湧き水で泉ができておったので、せまい畑だが芋くらいはこしらえることもできた。
海辺はたこつぼのような入り江になっておって、そのたこつぼの口にはいつも渦が巻いとったんじゃた。そのせいか、入り江にはいろいろな魚が流れ込んできての、漁をするのも労はいらなかったそうじゃ。
海の幸と山の幸のおこぼれをいただいておったんじゃな。それは、生きて生活するぶんにはじゅうぶんな幸だった。
じいさんとばあさんの家は、いかにも急ごしらえで作ったものにつぎ足しつぎ足しでひろげたほったて小屋だった。村にはほかに似たような家が数軒たっておったが、よく見ると、屋根がなかったり壁がくずれていたりと、とても人が住んでるようには思えなんだ。
それもそのはず、村にはじいさんとばあさんのたったのふたりだけしか住んでおらんかったんじゃ。
じいさんたちがこの村に来たころは、小さいがまだ村落、集落と
よべるほどには人が住んでおった。力のみなぎった若い衆やけんかをしつつも仲の良い夫婦もんや年をとってはいるが知恵者のじいさん、子どももにぎやかな声がはずむほどはおったのだが。
あっという間のことじゃった。
神さまのご機嫌がよほど悪かったのだろう。海の壁が、大きな鬼の集団が、戦のごとく怒涛のように押し寄せてきたんじゃよ。
海辺で遊んでいた子どもたちも、その子らを叱りつつも見守りながら魚を干していた女たちも、沖から漁を終えて帰ってきた男たちも、家も、畑も、先祖の墓も、なにもかも全部、押し寄せた海の鬼たちにすっかり持っていかれてしまった。けっして手の届かぬ、遠い海の果てにみんな消え去ってしまったのじゃ。
残ったのは、山でしごとをしていたもの、じいさんとばあさんを含めてほんの数人だけ。
それにな、海の鬼たちがひききったあとも、悲惨じゃった。海辺の形がかわりはててしまってな。村はえぐられたような大きな痕になって、人が住めるところがほとんどなくなってしもうた。
そこに新しく出来上がっていたのが、切り立った山々に囲まれたこのたこつぼの入り江なんじゃ。
沖へ出るには、渦が激しすぎてとてもじゃないが手こぎの小船では無理なはなし。山を越えようとしても、足場のないような険だったがけが見あげるほどにかまえていて、よほどのつわものでさえ命のをかけずには越えられぬ。
この村は人が出ることも入ることもできない土地になってしもうたのじゃ。
残されたものはみな、子どもや孫や親やいいなづけ、大事な家族をいっぺんに失った。じいさんとばあさんには家族はおらなんだが、ちょうどそのとき、ばあさんのおなかは大きくてな、新しい命をあと少しでむかえるころじゃったんだが、おなかの中の子どもまで、いっしょに流れてしまったのじゃよ。年をとってやっとできた子じゃったんだがな。
失ったものたちの弔いと、その悲しみの思いだけで、残されたものたちは何とか命をつないでおったが、心やからだの弱いものからひとりずつ死んでいった。
何とかくらせるように、残されたわずかな地に家をこしらえてすみはじめたころじゃったよ。
はじめに命を失ったのは、まだ十六のむすめじゃった。いいなづけの名を叫びながら、山のがけから海へと身を投げた。
それがきっかけだったのか、ろくな食べ物もなかったせいなのか、からだをこわして死んでしまうもの、先の娘のように自分から死をえらぶもの、命を捨てるかのように危険を承知でけわしい山に挑むものとで、とうとう残ったのは、腰の曲がった年寄りの夫婦と、じいさんとばあさんだけになったんじゃ。
何年かはふた組の夫婦で、まるで親子のようにおたがいを労わりながら静かにくらしておったが、年よりの夫婦が相次いで亡くなるころには、じいさんとばあさんも、すっかり日に焼けてしわだらけの顔になっておったよ。
それからの年月はじいさんもばあさんも、自分たちが見取った年長の夫婦のように、静かでさみしい、おむかえが来るのをただまつばかりのくらしをしておったのじゃ。
いくつの年が過ぎていったのか、じいさんもばあさんももう疾うに数えるのをやめてしまっていたのでわからないが、ふたりともすっかり腰は曲がって目も耳も衰えておって、おむえが来るのももうあと少しじゃとそのことを心待ちにするようになっておった。
それでも、お日様が出ているうちは、じいさんは海で魚を釣り、ばあさんは裏山の畑ではたらいてくらしとった。
そんな同じような毎日がつづく中で、ある日、ばあさんはじいさんのようすがいつもと違っていることに気がついたのじゃ。その違いはばあさんの心を重苦しくさせた。ふたりだけのくらしをもう何十年とつづけてきたんだ、どんなわずかな変化でも気がつかぬほうがおかしい。ばあさんが問うても、じいさんは笑ってごまかす…。
二回ほど日が登って沈んだが、じいさんの変化はきえさらぬどころか、ますます大きくなっていく。心なしか、曲がった背が少し伸びたようにも見えるじゃないか。
ばあさんはとうとう業をにやして、裏山の畑に出かけるふりをして、じいさんのあとをこっそりつけることにしたのじゃ。
じいさんはいつもと同じように海辺へ出ると、そこに釣りのしかけをした。ふだんならそこらでどっしりと腰をおろすのだが、少しの間もおしむようにくるりと向きをかえ、入り江のいちばん端にある、もうぼろぼろにくずれかけた小屋のほうに足をむけた。ばあさんはじいさんに気づかれぬよう息を殺してあとをつけた。
そして、ばあさんは見た。
半分腐ったような小屋の中に、そこだけ光がさして見える。
じいさんはほうけたような顔をしてそれをただただながめている。
それは、見たこともない美しい魚。
うろこは金色に輝き、そこからまるで光が出ているようにまわりを照らしている。
よく見るとそこは池のように、深く掘られた穴に海の水がひかれておった。じいさんがこしらえたものだろうことはすぐにわかった。
ばあさんはその魚に驚くと同時に、じいさんに対してわきおこった怒りの感情をふるえながらおさえ込むのに必死だった。
ずっとずっと長い間、ふたりには共通のことしかなかった。どちらかが何かを見つけたらそれをふたりで共有しふたりで喜んだり悲しんだり感情を同じように動かしてきた。それをじいさんはうらぎったのだ。
日が暮れるといつもと同じように何食わぬ顔で帰ってきたじいさんを見て、ばあさんはおのれの心が凍りついていくのを感じておった。
翌朝、じいさんはいつものように起きようとしてからだの異変に気がついた。からだがしびれたようになって起きあがることはおろか動かすこともできない。
ばあさんは、わるい風邪でもひいたのだろうと、一日ゆっくり休むようにじいさんに告げ、おも湯をすこしじいさんにやると、そのまま作業に出かけていった。
ばあさんは、じいさんが風邪ではないことを知っていた。なぜなら、ゆうべの飯にと体がしびれて動けなくなる茸をこっそりまぜておいたからじゃ。
にんまり笑うと、ばあさんは昨晩から用意した道具を背にして、あの美しい秘密の魚がいる場所へと足を向けた。おのれの立てた企てを想像するだけで、口もとがにんまりしてしまう。力がいる企てだが、ちゃんとやりとげられるだろう。ばあさんの足取りは軽かった。
うまそうな匂いが夢の中に入ってきたところで、じいさんは目がさめた。するとほんとうに家の中がいい匂いで満たされていた。
朝方からずっと眠っておったことに気づくと、よっこらしょとからだを起こしてみた。ちゃんと起きあがることができた。どうやらしびれはまだ少しのこっているものの、なんとかとれたようだ。ばあさんの云うように風邪だったのか。
じいさんが起きあがったことに気づいたばあさんは、鍋のふたをしめながらじいさんに飛びっきりの笑顔を向けた。
めずらしい魚を見つけたこと、その魚が背あぶらがのって、とてもうまそうなこと風邪のじいさんのためにうしお汁をこさえたことを、口ばやに大げさに話した。
ほら喰うてみ。ばあさんはじいさんに前にわんを置く。確かに見るからにうまそうな汁じゃ。じいさんはふうふうやりながらひとくちすすった。魚のあぶらとだしがよくきいていてなんともいえぬ味わいがある。じいさんはちょうど腹が減っていたこともあって、どんどんこのうまい魚を口にした。
ばあさんもいっしょに、うまいうまいとたいらげた。
おぉうまかった。いったいどんなさかななんじゃ?と問うじいさんに、ばあさんはにたりと笑いながら、まだいいもんが残ってるぞと、重そうな瓶から何かをすくってじいさんとじぶんの前においた。
この魚おなかに子がおってな、腹さばいたらぎょうさんでてきたのさ、で、酒としょうゆで漬けてみたのじゃ、ほれ、こうやって尾っぽを持ってあたまからつるんと喰ってみ。
じいさんは目の前におかれたものをひと目見、目をこすってもう一度しっかりと見なおした。
ばあさんはわらいながら二ひき目をほおばっている。
うまいぞ、じいさんも早く喰うてみ。小さなかしらが口の中でくしゃりと割れて口の中に味噌が広がるぞ。あぁそうじゃ、こっちのおかしらはどう料理するかのぉ、何ともおもしろい形をした魚だよ、これは何というんだろな、ほら、こんな形をしたおかしらぞ。ばあさんは、じいさんの目の前で、皿にかけてあった布巾をさっととりのぞいた。
そこには若いうつくしい女の首がのっかっていた。
黒いしなやかだった長い髪は、散切りにきられ、目は閉じることをゆるさぬよう、まぶたの上を楊枝でさしてあり、見開いたままの目はまさに魚の目のように、まっすぐこちらをむいていた。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっ
じいさんは何が起こったのか、やっと悟った。
ばあさんが料理し、先ほどまで喰ろうておったものは、じいさんがたいせつにめでていたあの金の魚だった。
じいさんを魅了して離さなかったあの半人半魚。
あの美しいじいさんだけの人魚……。
じいさんの心臓はそのとき鼓動を止めた。
ばあさんは、じいさんが死んだのを見て、けっとつばを吐いた。悲しみもあわれみもましてや罪の意識も感じなんだ。
人魚をさばくのはたいそう骨がおれる仕事じゃったが、ばあさんはやりとげた。村には言い伝えがあったのじゃ、人魚の肝を喰うとわかがえるという人魚伝説。
それを半信半疑でためしてみたら、手を真っ赤に染めて手づかみで喰らっているさなかから、おのれの変化に気づきはじめた。目がみえる。真っ赤で汚れているが手の皺が消えていく。口から血を滴らせながら腹のそこから笑いがこみあげてくるのを抑えることができなんだ。
企てどおり、いや企て以上に簡単にじいさんはくたばってくれた。
ばあさんは気づいていたのだ。海のようすがかわったことを。もう何十年か前にここを襲ったあの鬼のようなつなみ。あれがまた来ようとしていることを。
まっすぐになった腰にあの人魚の肉を塩漬けにしたものをたくさん背負って、ばあさんは山に向かった。
山を越えようとは今まで一度だって思ったことはなかったが、今は違う。命を落とさずに越えられそうな気がする。
ばあさんはしっかりとした足取りで、山を一歩一歩ふみしめて登っていった。
ばあさんの予想通り、村にまた海の鬼たちがやってきて今度こそすべてをさらっていった。じいさんのなきがらも、あの人魚の頭も。そして、酒と偽って海水に放しておいた稚魚たちも…。きっと元気で海へと帰っていくだろう。
はなしはこれでおしまいじゃ。
何ばあさんがどうなったかだって?
ばあさんはこのあと何年も何十年も何百年も生きつづけたさ、人魚の肝を喰ろうたからな。ただ、海をきらってけっして近づこうとはしなんだそうじゃ。
そうさいごにばあさんを見たのは、先の戦争じゃったそうだ。あのぴかっと光る爆弾にやられてしもうたという噂を聞いたがの。その話もなにも、ほんとうに人魚の肉を喰ろうたのか、そもそもばあさんがいたのか、ほんとうのことはだれにもわからんのじゃよ。
最後まで読んでくださってありがとうございます。