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別名お花畑あたま。

解離はやっぱり無自覚~精神科通院記録16

解離は自分ではわからない

 

わたしの頭の中では解離性障害のことを睡眠の障害の結果そういう症状が出ていたのだと思い込んでいました。

この離人感も記憶にない物事もすべて寝てしまっていたからだと思っていたのです。

 

ところが現実は違っていました。

私の気がつかぬうちにわたしわたしでなくなっていました。

 

それに気がつけたのは、ヘルパーさんのおかげ。

もし一人だったらずっと気がつかぬままだったかもしれません。

 

前回の精神科通院の前日にそれは起こっていました

その日は精神的に多少ストレスを受けてはいたのですが自分ではたいしたことないと思っていました。

そう思っていたのは記憶の解離だったから。

 

自分の通院や息子の通院、支援機関へ行くときは、移動ヘルパーさんに付き添っていただいています。

自分としては、その目的は時間の管理のため。

予約時間に遅れないように付くためと思っていました。

実際に、このことが起こるまではそれが第一事項であったのは、わたしとヘルパーさん両者の共通認識だったと思います。

 

わたしは全く気がついていなかったのですが、その日、わたしは普段の私とはかけ離れていたようです。

ヘルパーさんは人が違っていたようなと表現していました。

 

このことがわかったのは、事業所(ヘルパー)とわたしの間にはいってくれているケアマネージャー的な人が密接に連絡を取っていてくれたおかげでもあります。

わたしの異変を感じたヘルパーさんが、その事を間にはいっている人に報告をしてくれて、その人がわたしにだいじょうぶですか?と連絡をくれたのです。

 

わたしのほうはもう、のん気な状態なので、何のことかさっぱり?一応思いついたストレスの原因はお話しましたが、そんな心配してもらうほど大げさなことじゃないと笑いながらお話をしたのです。

電話を切った後、

あれ?と思いはじめて、

  • 心配して連絡が来るなんて初めてだったこと。
  • その当日の記憶が曖昧なこと。

この二点が気になりだして、移動ヘルパーさんに念のためその日の様子を聞いてみて、やっと自分の状態が把握できたのです。

病識がないというのは怖いことです。

 

精神科の主治医にヘルパーさんから状態を話してもらいました

解離の状態を家族以外の第三者に話してもらったのははじめてです。

息子に言われても、どこかで信じられない自分がいました。

それが、今回こうやってヘルパーさんに解離した状態のわたしを見てもらって、そしてそれを主治医に伝えられてなんともいえない心境ではあります。

病気と向き合うにはこれは良いことなのですが、自分自身の中で、どこかで解離ではない、これはきっと寝ていただけ、要するに寝ボケだ。

などと思い込む節がありました。

 

もう覚悟を決めないといけませんね。

自分が知らないうちに何か行動していることを。

寝ボケでも怖いことは同じかもしれませんが、何だろう、解離と言う病名はなんだか怖い。

病名に左右されるのもなんだか間抜けですね。

 

NET上では解離はしていないと思いますが

一応履歴などもちゃんと確認するようにしていますし(怖がりなのです)ああ、ブログはともかくtwitterなどのログを全部確認していると言うと嘘になります。

携帯(スマホ)の方は、時々記憶にないアプリなどをダウンロードしていたりはします。突然待ち受け画面が変わっていてビックリすることもあります。

もしかしたら、どこかでへんてこな文章、書いているかもしれません。

毎回、わたし自身にわかるような証拠を残さずにやっているとは思えないのですが、絶対とは言い切れなくなりました。

やっぱり怖い。

 

離人感や記憶が一瞬飛ぶといったことは自覚できるのですが、長時間わたしがわたしでない状態は全く自覚することが出来ません。

証拠があれば、ああ、何かやったんだなと推理する程度は出来ますけれど。

こんないい年になってからこのことに気がつくなんて、なんてお間抜けさんなんだろう。

長い年月の中で、わたしの知らないわたしに振り回されて迷惑した人がきっといるんだろうなと想像すると、むなしさで井戸の底に落ちたくなります。

ただでさえ、ASDの他者に鈍感な面で迷惑かけているのに。

 

と、ため息ばかりついていてもしょうがないですよね。

自分のことは自分で受け止めていかないと。

 

今回の通院ではこのほかにもう一つ辛いことを報告したのです

それについてはまた後日書くことが出来たらいいなと思います。

先週は、いろいろなことがありすぎて疲れ果ててしまいました。

久々にうつっぽさが全開しまして、ほとんど寝逃げしていました。

現実逃避は寝逃げが一番。

わたしはやっぱり眠ることがすきなんだなあと、つくづく思いました。

眠っている間は、たとえどんな悪夢を見ても、現実からは逃げられますから。

 

ああ、こんな風に逃げて逃げて生きていくのかなあ…。

 

 

解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論

解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論

 

 この本はさすがに買えません。図書館利用を復活しようかな。

 

 

 

 

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最後まで読んでくださってありがとうございました。 

 

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