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別名お花畑あたま。

のべらっくす【第9回】短編小説の集い 「いつか、雨の降る公園で」

今月は何とか書けました。

「のべらっくす 短編小説の集い」です。

毎月お題が出てそれを短編小説に仕上げていく、はてなブログid:zeromoon0 さんが主催してくださっている集まりです。

なかなか毎月書くことが出来なくて、2~3ヶ月に一度のわりになっています。

まあ、かけるときは元気なとき!って感じですね。

 

今月のお題は「雨」

雨が大好きなわたしとしては何とか書いてみたいと思ってみたのですが、ものの見事に何も浮かばない。あぁ、今月もダメかなーと思っていたら、何とかまとまったので、アップすることにします。

書いた本人も何が書きたかったのかよくわかっていません。

でも何かを書きたかったのは確かなんですけどね、言語化できません。

(それでも恥ずかしげもなくアップしちゃうのがわたしの能天気なところ)

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

それでは本文です。

 

 

「いつか、雨の降る公園で」


 雨の降る風景はとてもおもしろいと、子どものころから絵里は思っていた。

 雨にぬれて醜く見えるものと、雨に打たれれば打たれるほど美しく見えるものもある。晴れているときはまったく気がつかないことなのに雨が降るおかげでそれに気付くことができる。
 夜の雨はまた日中の雨とは違った姿を見せてくれる。雨のせいで町中の明かりが全部、優しい光になるのだ。光にとげがなくなる。夜の雨は外灯の明かりをぼんやりと見つめて、その光の動きを楽しむことが出来る。
 雨が降ると匂いまで大きく変わる。絵里は雨のにおいもとても好きだった。町のにおいも公園のにおいも子どものにおいも女の人のにおいもおじさんのにおいもおばあさんのにおいも、みんなみんな雨のにおいに変わっていく。

 花は特にわかりやすい。植物だからといってすべてのものが雨で美しくなるわけではない。真夏の花はどれもみな雨に打たれているときはその美しさを失う。春先の花は半分半分。桜の花などは咲きかけのころ雨に打たれるとその紅色がいっそう妖しげにただよって桜自身の美しさを際出せると感じる。白い小さな花なども光が雨で小さく交差しあってきれい。ゆりの花は残念ながら美しさが衰えてしまう、緑の葉は反対に輝きを増すのだけど。秋の花はだいたいが雨に打たれると小さく喜びの声を上げるようにキラキラ輝く。冬の花は雨が苦手なようだが、打たれている最中はなかなかと美しく輝きを放っている。

 雨が降っている時間を心の中で楽しみながら過ごすのは、絵里にとって幼い頃からの癖になっていた。

 人も、雨に打たれて美しくなる人もいる。

 髪もきれいに着こなした洋服も、雨でひどいことになってしまっても、それでも美しく見える人がいる。
それは男女も年齢も関係なく、時々出会うことが出来るその美しい人たちの姿を見れるだけで、絵里はうれしく思う。

 

 

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 中学生に入って初めての6月、絵里の中で忘れえぬ出来事が起きた。

 

その日は午前中から雨が降っていて、ふだん見える歩道も、よく通るお店の小さな花壇も、コンビニの立て看板も、みな雨の姿に変わっていた。それらはあまり絵里の好みではないもの、美しいとは思えないものたちだったが、絵里はいつもの癖で、ふだんよりもゆっくりと歩を進めながら、町の様子を眺めていた。道行く人々はみな早足で、雨に濡れぬようにほとんどの人が下向きかげんで歩いていく中、絵里だけは頭をあげて歩いていた。

 ふと目が止まる。

 目の前の歩道橋に人が立っていた。
 雨のせいで白いコンクリートが濃いグレーに変わった橋の色と、霧がかった世界のように車のライトがやわらいで光っているのを背景に、長い髪が雨に濡れるがまま、遠くから見ても白いワンピースから身体の線が浮き出ている。

「きれい…。」

 どのくらいの時間、雨に打たれていたんだろう。美しい女は完璧に雨の中に存在していた。
 絵里の心は一瞬でその人に釘付けになった。

 自分が雨に濡れるのも気にせず、絵里は一心にその人を見つめた。何故その人が雨の中、歩道橋の上に立っているのか、その理由など想像もしなかった。ただただその姿の美しさに目を惹かれてどうにもならなかった。
 もっと近くで見たい。そう思った絵里は、歩道橋を一歩ずつ上りはじめる。のぼっている間は雨の中の人の姿を見ることが出来ない、絵里の足は速度を速めた。

 歩道橋の先が見えてきたとき、異変に気付いた。

 見えない

 雨の中のあの人のそこにあるはずの気配がない。
 のぼりきって目を凝らして確認しても、その人の姿はなかった。

 え?

 混乱した頭の中に、はじめて回りの音が進入してきた。車のクラクション。女の人の悲鳴。救急車をよぼうと叫ぶ男の人の声。

 その人のいただろう場所には小さなバッグが一つ。

 絵里は、恐る恐る歩道橋から階下の道路を見た。

 その人は階下にいた。

 足も腕もバラバラになっていっしょにいなかったけれど、あの人はきれいなままそこにいた。
 雨の流れと雨のしずくで流れていくその人のまっかな血。
 雨と混ざり合って少しも汚くない。
 むしろきれい。
 何よりも一番雨が似合う。
 
 絵里の目にその光景はしっかりと焼きついた。

 

 *

 

 いくつかの春が過ぎていった。

 あの日の後、心配した両親に心理カウンセリングに連れて行かれたりもしたが、何の問題もなく絵里は普通に元気だった。そして、相変わらず、絵里は雨が好きだった。

 絵里は明るすぎもせず暗くもない、ほどよい友人が数人いる、ごくごく平凡な女子大生になっていた。友人から一歩進んだ程度の恋人未満の人もいた。

 あの日の光景もいつまでも消えずに脳裏にあって、ときどき脳内で再現してはあの美しさにひたっていた。
 このことは誰にもいえない秘密。
 


 サークルの先輩の照雄は、絵里のちょっとのんびりとした不思議なところが気に入っていた。
 絵里は何故か雨の日のデートを好んでいた。晴男である照雄にとって、残念そうに空を見上げる絵里の顔を見るたびに、何だか申し訳ない気がしていた。

 「いつか、雨の降る公園でデートしたい」
絵里のその望みをなかなかかなえてはあげられなかったが、ふたりの関係はゆっくりと深まっていった。

 直感的にすばやく行動する照雄とゆったりと呼吸しながら行動する絵里。物事を楽天的にとらえて深くは考えない照雄、何も考えていない表情をして、その間にくるくるといろんな思考をめぐらしている絵里。二人は大きく違っていて、だからこそ惹かれあったのかもしれない。

 

 絵里は考えていた。
 あの日のあの雨の中の人は、何故ずっと雨に打たれていたんだろう。何故あんなにも美しい血を流して死んでしまったのだろう。
 こんなことを考え出したのは、照雄とつきあいだしてから。絵里の中で美しい映像だったあの日の出来事に、思いがついてくるようになった。これは感情というものなのだろうか。

 

 流行りの映画を見た後、いつものように照雄と絵里は軽く食事をした。映画の内容はストーリーがあるのかないのかわからないような、それでいてスピーディで迫力満点で、そういうものが好きな照雄は少し興奮気味だった。絵里にとっては、陽の当たる世界ばかりが出てきて、ドキドキはしたけれどそんなに興奮して話をしたいとは思えなかった。
 食事のときは楽しい話で時間を過ごしたかった。それはふたりとも同じ思いだったのだが。
 そう、ちょっとした行き違いで、珍しく口げんかになった。

 店を出ると、絵里は急に照雄を置いて逃げるように町の中に消えた。照雄が目をはなしたほんの一瞬のことだった。

 正直言って照雄も食事中の口げんかをおもしろく思っていなかったので、このまま勝手にさせてみるのもいいか…。と思ったのだが、些細なケンカでこんなふうに急に消え去るなんてことは今までに一度もなかったこと、何よりいつもの絵里らしくない。
 照雄は直感のなすがまま、駅とは反対の方向に向かった。たぶん絵里ならそのまま電車に乗るなんてことはしないだろうという勝手な思い込みだったが。大通りを小走りしても、絵里の姿は見つからなかった。そのうちに、何ということだろう、雨がポツンポツンと降ってきた。
 


 何故逃げるように照雄をおいてきてしまったのか、絵里自身にもわからなかった。たぶん、照雄には絵里の思う雨の美しさは理解できないだろうと気がついたからかもしれない。いや、そんなことはずっと前からわかっていたこと、雨の日から程遠いイメージの照雄、ずっとずっと前からわかっていたこと。絵里の見えているこの美しさを共有できる人はこの世には存在しないのではないか。もしかしたら、あの日あの雨の中の人だったら、この気持ちをわかってくれたかもしれない。
 とぼとぼと歩いているうちに、雨の小粒が顔の上で飛び散った。

 あぁ、やっと雨が降った。でも残念ながらわたしはひとり。雨の降っている日に、公園でデートしたかったな。でもこんなことしちゃったから、もうおしまいだよねきっと。

 

 雨が本降りになってきて、照雄はやっとスマホに手を伸ばした。さっさとメールでもすればよかったんだ。バカだ俺。

 スマホを見たちょうどそのとき、絵里からのメールが入った。

 

 絵里はスマホをバッグに入れると、この町にある小さな公園に足を向けた。雨はどんどん降ってきて、絵里はその長い髪も白いワンピースも雨でずぶ濡れになってきた。公園に着くと、小さな外灯の下に立ち止まった。

 あの日のあの雨の中の人、もしかしたら恋人とけんかしたか別れ話でもされたのだろうか。いえ、もっともっと難しくて大変な問題を抱えていたかもしれない。でも、あんなに濡れるまで立ち止まっていたのは、きっときっと誰かを何かを待っていたからじゃないかしら。
 たぶん、照雄はあきれて一人で電車に乗っている頃だと思う。ここでこうして待っていても、きっと来ない。でもどうしてだろう、こうして雨に濡れながら待っていたい気持ちがなくならない。雨の中の景色が、今日は何だか悲しく映る。ふしぎ。

 

 絵里からのメールを読むと照雄は走り出した。走っている自分をバカだバカだとなじりながら。こんなわがままな女、さっさと放っておいて帰ってもいいのに、ただでさえ嫌いな雨に打たれて走り回ってるなんて。そんなにも、俺、絵里に惚れ込んでいたのか、今まで気付かなかったよ。

 

「雨が降ってきましたね。雨の降る公園でデートしたいです。」

 

 小さな公園につくと、夕暮れと共に明かりのともった外灯の下に、雨でびしょ濡れになった絵里がいた。雨の中の明かりがこんなにきれいにうつるなんて知らなかった。

 

 驚いた表情をしたびしょ濡れの絵里を、同じくびしょ濡れになった照雄が抱いた。
 
 雨の中で誰かを待つこと。
 雨の中を誰かが見つけてくれること。
 そんなこと、ほんとにあったんだ。

 絵里の脳内から、あの日のあの人が笑って手をふってくれた気がした。

 びしょ濡れの照雄はけっしてきれいじゃないけれど、でもでもわたしにはとても大切な人。わたしを大切に思ってくれている人。

 

 「雨の日の公園デート、やっとかなった」

 照雄は、絵里の髪をくしゃくしゃに撫でてそうつぶやいた。
 
 「ありがとう、すごくうれしい」

 髪をくしゃくしゃにされながらも、絵里は照雄に心からの笑顔を向けることが出来た。

 



 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

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