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別名お花畑あたま。

あるべき物がちゃんとある暮らし

必要なものはそれを捨てたとたん必要になってくる

2年ものとってあった書類を年末に捨てたとたん、それが必要になった。

2年間一度も必要としなかったから捨てたのだけど、何故捨てたとたん必要になるのかな?

 

人生ってこういうことが多い。

わたしだけかしら?

 

物を捨てる時期を誤っているのか、その前にとっておくことをしなければ、こういった後悔もないんだろうけど。

さっさと捨てる。

がストレスなくていいのかもしれないな。

 

私は片づけが非常に下手だから、出来るだけさっさと捨てるようにしているのだけど、その数少ない取っておいたものが、こういうパターンになりやすいのね。

何だかすごくむなしい。

 

とってあると思っていたものがいつの間にかなくなっている

これもわたしは多い。

最近気がついたものは、大きなステンレスの鍋。

そこそこ値段の高かった製品で、一大決心をして購入した記憶があるもの。確かに重たくて使うのに一苦労だったから、気がつかぬ間に捨ててしまったのだろうと思うのだけど、(こういうときは解離の仕業だと思う)それを使う予定で、料理をプランして買出しもして、しまってあった場所にそれがないときのショックは大きい。

 

あまりにショックで、どうやって料理したらよいのかわからなくなって、一日かかって考えて別の料理にしたんだった。

あの大きな鍋さえあれば、これからも色々な料理が出来たのに、何故捨ててしまったんだと自分自身に大声で問いたい。

 

しょうがないので安い大きめの鍋を購入した。

一応ステンレス。

なんだかもったいないなー。

 

洋服も知らないうちに捨ててしまって後で後悔する。

これは意識的に捨てて売るものと、気がつかぬうちに捨てているものとあるけれど、着ようと思ったときにその服がないと、もう出かけることさえ苦痛になる。

一からやり直し。

 

ここ2年ほど、体重の上下が激しくて(15キロくらい)着るものも限られてきていたのだけど、それまではずっと体重の変化もなく10年くらい同じ服が着られていたから、洋服はめったに捨てなかった。

それが最近、過去には来ていたものが太って着られなくなってしまって、それが捨ててしまう原因なのだけど、何故か着られるものまでついでに捨ててしまっている。

うーもったいない。

 

流行り廃りの関係ないものすごくスタンダードな服を購入することが多くて、だから10年くらい着られるのだけど、安売りで購入したものなら諦めもつくけど、ちょっといいものがなくなっていた時は泣けてきてしまった。

いつ捨てたんだよ~自分!

 

世の中、シンプルだとか断舎利だとかミニマムだとかいうけれど

そんな暮らしよりも、あるべきものがちゃんとある暮らしのほうがわたしはうれしい。

必要ならばまた購入すればいいだけなのだけど、出費はできるかぎり抑えたい人生なので、捨ててしまったことへの悔しさしか残らない。

 

物がちゃんとあったほうが、暮らしていくのに便利だし楽だし、遠い記憶を呼び起こすのに「物」ってとても役に立つ。

本などそのいい例。

わたしは本はほとんど捨てないし売らないし、ほとんど崩れそうになっている本棚や押入れやあちこちに積み重ねられていく。

時々同じ本を発見することもある。

 

それでも本は処分できない。

その時々に読んだ買った記憶がしっかりと刻まれているから。

それは本の中身ではなくて、本そのものから受ける記憶。

こういった記憶は大事にしたいから、いつか本の山に埋もれて死んでしまうかもしれないけど、それでもいいかなと思ってしまう。

 

わたしには現実と繋がる術として「物」が必要なのだなと思った。

 

「物」はわたしに時間と現実を知らせてくれる。

 

 

物と心 (ちくま学芸文庫)

物と心 (ちくま学芸文庫)

 

 あぁ読みたい本を見つけてしまった。↑ポチってしまったのだけど、今のわたしの頭の状態ではたして読めるか????

 

 

 

 

 

 最後まで読んでくださってありがとう。感謝です。

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